空想小説Vol.1(実在の人物とは関係ありません)
- 新家 和
-
トピック作成者
4 年 8 ヶ月 前 #4476
: 新家 和
午後1時30分過ぎ。
わたしとタケさんはJR芦屋駅近くのファミリーレストランで遅めの昼食を取っていた。
横田さんは近所に美味しい中華のお店があるから一緒にランチでもと誘ってくれたのだが、タケさんが夕方までに帰京しないといけないので、と辞退し、代わりにマイカーで駅まで送ってくれたのである。
わたしはタケさんに、
「どうして$2.5を予定の1,500万円でなく1,350万円で売っちゃったんですか?」
と尋ねた。
既に食べ終えてスマホを弄っていたタケさんは、画面を見ながら
「一昨日、横田さんとメールでやり取りしてたんだけど、最近あの人、カタールのドーハで不動産関係のビジネスをやってるそうなんだ。」
「あそこは富裕層が多いし日本人のビジネスマンも駐在しているらしい。横田さんに恩を売っておけば、今後ドーハでビジネス展開する時に役に立つんじゃないかと思ってね。」
と、独り言のように答えた。
本人的には「損して得取れ」的な算段の様だが、長年秘書をやっている私の感覚からすると、残念ながら、このようなタケさんのヨミの成功率は半分にも満たないだろう。
果たして、今回の判断は吉とでるか凶とでるか。
私は続けて、
「横田さんから下取りしたハイリリーフは販売に回します?」
と聞いた。
タケさんはスマホ弄りをストップし、暫く考えたあと、
「下取り価格に10%プラスで売りに出して」
と指示した。
わたしは、スマホのメモアプリを開き、「横田様1200+10% 青葉に指示」と入力した。
「18時東京着なら、そろそろ出ないと」
わたしは、相変わらずスマホを弄っているタケさんに身支度を促したあとレジに向かい、朝、金券ショップで購入したお食事券で会計を済ませた。
店を出て、駅に向かう大通りを二人並んで歩く。
ラーメン屋の前で店員さんがチラシを配っている。
タケさんは店員さんにスッと近づき、笑顔でチラシを受け取った。
歩きながらチラシを暫し眺めたあと、「100円OFF」「トッピング無料」と書かれたミシン目のところを素早く切り取り、財布の中に仕舞い込んだ。
次回、横田さんのところにお邪魔する時は、このラーメン屋に行くつもりなのだろうか?
わたしとタケさんはJR芦屋駅近くのファミリーレストランで遅めの昼食を取っていた。
横田さんは近所に美味しい中華のお店があるから一緒にランチでもと誘ってくれたのだが、タケさんが夕方までに帰京しないといけないので、と辞退し、代わりにマイカーで駅まで送ってくれたのである。
わたしはタケさんに、
「どうして$2.5を予定の1,500万円でなく1,350万円で売っちゃったんですか?」
と尋ねた。
既に食べ終えてスマホを弄っていたタケさんは、画面を見ながら
「一昨日、横田さんとメールでやり取りしてたんだけど、最近あの人、カタールのドーハで不動産関係のビジネスをやってるそうなんだ。」
「あそこは富裕層が多いし日本人のビジネスマンも駐在しているらしい。横田さんに恩を売っておけば、今後ドーハでビジネス展開する時に役に立つんじゃないかと思ってね。」
と、独り言のように答えた。
本人的には「損して得取れ」的な算段の様だが、長年秘書をやっている私の感覚からすると、残念ながら、このようなタケさんのヨミの成功率は半分にも満たないだろう。
果たして、今回の判断は吉とでるか凶とでるか。
私は続けて、
「横田さんから下取りしたハイリリーフは販売に回します?」
と聞いた。
タケさんはスマホ弄りをストップし、暫く考えたあと、
「下取り価格に10%プラスで売りに出して」
と指示した。
わたしは、スマホのメモアプリを開き、「横田様1200+10% 青葉に指示」と入力した。
「18時東京着なら、そろそろ出ないと」
わたしは、相変わらずスマホを弄っているタケさんに身支度を促したあとレジに向かい、朝、金券ショップで購入したお食事券で会計を済ませた。
店を出て、駅に向かう大通りを二人並んで歩く。
ラーメン屋の前で店員さんがチラシを配っている。
タケさんは店員さんにスッと近づき、笑顔でチラシを受け取った。
歩きながらチラシを暫し眺めたあと、「100円OFF」「トッピング無料」と書かれたミシン目のところを素早く切り取り、財布の中に仕舞い込んだ。
次回、横田さんのところにお邪魔する時は、このラーメン屋に行くつもりなのだろうか?
新家 和へ返信
- 新家 和
-
トピック作成者
4 年 9 ヶ月 前 #4459
: 新家 和
六甲の山の麓にある横田さんの自宅は、少し古さを感じさせる洋館だが、傾斜地で大阪湾を望む眺望は、さすが芦屋という印象。
タケさんと私は横田さんの奥様に応接間へ案内された。程なくして紙袋を持った横田透さんが部屋に入ってきた。
タケさんとわたしはソファーから立ち上がって一礼した。
「ご無沙汰しております。お元気そうでなによりです」
タケさんは挨拶したのち、、
「お口に合うと嬉しいのですが、奥様と召し上がってください」
と言って、わたしが前日東京で購入した大川軒のレーズンウィッチが入った紙袋を横田さんに渡した。
「いつもウチまでご足労頂いた上にお土産まで頂いて、ほんま、すいませんな」
「東山さんも根岸さんも変わらずお元気そうでなによりです」
横田さんは64歳だがハリのある若々しい声だ。
横田さんの職業は開業医で、30年近く市内でクリニックを経営している。
ここ数年は跡を継いだ息子さんが診療に当たっていて、息子さんが学会等で出張のときだけ出勤しているらしい。
タケさんと横田さんは日本や関西の経済状況について色々雑談している。今朝読んだ日経新聞の記事も話のネタにしているようだ。
そういう話に興味の無い私にとってはヒマ。とにかくヒマだ。
二人の意見交換が30分程続いた後、ようやく本題に入った。
横田さんは紙袋からジュエリーケース風の黒く小さな箱を取り出した。
箱を開けると、一枚の金貨が鎮座している。
1907年 $20 St.Gaudens HighRelief金貨 MS66
金貨は透明な硬質のケースに封入されており、手書きで「980万円」と書かれた小さいシールが貼られている。
横井さんは金貨を眺めながら、
「最初はたかがコイン1枚がなんで1,000万円近くするんや?と訝しんだけど、2年間で1200万円に値上がりしたんやから、ヨメさんにも怒られずに済みそうやわ」
と上機嫌な様子だ。
タケさんは頷いて
「1年間で10%ですから、投資としては大した成績ではありません。しかし、株式のように値段が下がることはありませんから資産保全としては申し分ないと思います」
とやや自画自賛気味に応えた。
そして、タケさんも自分の鞄から金貨を一枚取り出し、テーブルに置いた。
1886年 $2.5 PF65 UltraCameo
横井さんの金貨よりも一回り、いや二回りは小さい。
しかし、表面は鏡のように反射していて、横井さんの金貨より明らかに高級感がある。
「この度は$2.5プルーフ金貨をご購入頂きましてありがとうございました。別のお客様から買取させて頂いたもので、お世話になっている横田様に真っ先にご紹介させて頂きました。」
「今後とも弊社をご愛顧頂きたいとの思いで、価格も買い取りした価格1,350万円そのままでお譲りしたいと思います」
タケさんからは1,500万円で販売すると事前に聞いていたわたしは、タケさんの言葉に耳を疑った。
わざわざ東京から一泊二日で出張して、並んで購入した大川軒のレーズンウィッチをお土産を差し上げて、儲けは無し?
しかし、わたしが動揺している間に、横井さんとの商談は成立してしまった。
タケさんと私は横田さんの奥様に応接間へ案内された。程なくして紙袋を持った横田透さんが部屋に入ってきた。
タケさんとわたしはソファーから立ち上がって一礼した。
「ご無沙汰しております。お元気そうでなによりです」
タケさんは挨拶したのち、、
「お口に合うと嬉しいのですが、奥様と召し上がってください」
と言って、わたしが前日東京で購入した大川軒のレーズンウィッチが入った紙袋を横田さんに渡した。
「いつもウチまでご足労頂いた上にお土産まで頂いて、ほんま、すいませんな」
「東山さんも根岸さんも変わらずお元気そうでなによりです」
横田さんは64歳だがハリのある若々しい声だ。
横田さんの職業は開業医で、30年近く市内でクリニックを経営している。
ここ数年は跡を継いだ息子さんが診療に当たっていて、息子さんが学会等で出張のときだけ出勤しているらしい。
タケさんと横田さんは日本や関西の経済状況について色々雑談している。今朝読んだ日経新聞の記事も話のネタにしているようだ。
そういう話に興味の無い私にとってはヒマ。とにかくヒマだ。
二人の意見交換が30分程続いた後、ようやく本題に入った。
横田さんは紙袋からジュエリーケース風の黒く小さな箱を取り出した。
箱を開けると、一枚の金貨が鎮座している。
1907年 $20 St.Gaudens HighRelief金貨 MS66
金貨は透明な硬質のケースに封入されており、手書きで「980万円」と書かれた小さいシールが貼られている。
横井さんは金貨を眺めながら、
「最初はたかがコイン1枚がなんで1,000万円近くするんや?と訝しんだけど、2年間で1200万円に値上がりしたんやから、ヨメさんにも怒られずに済みそうやわ」
と上機嫌な様子だ。
タケさんは頷いて
「1年間で10%ですから、投資としては大した成績ではありません。しかし、株式のように値段が下がることはありませんから資産保全としては申し分ないと思います」
とやや自画自賛気味に応えた。
そして、タケさんも自分の鞄から金貨を一枚取り出し、テーブルに置いた。
1886年 $2.5 PF65 UltraCameo
横井さんの金貨よりも一回り、いや二回りは小さい。
しかし、表面は鏡のように反射していて、横井さんの金貨より明らかに高級感がある。
「この度は$2.5プルーフ金貨をご購入頂きましてありがとうございました。別のお客様から買取させて頂いたもので、お世話になっている横田様に真っ先にご紹介させて頂きました。」
「今後とも弊社をご愛顧頂きたいとの思いで、価格も買い取りした価格1,350万円そのままでお譲りしたいと思います」
タケさんからは1,500万円で販売すると事前に聞いていたわたしは、タケさんの言葉に耳を疑った。
わざわざ東京から一泊二日で出張して、並んで購入した大川軒のレーズンウィッチをお土産を差し上げて、儲けは無し?
しかし、わたしが動揺している間に、横井さんとの商談は成立してしまった。
新家 和へ返信
- 新家 和
-
トピック作成者
4 年 9 ヶ月 前 #4456
: 新家 和
その日は、どんよりとした曇り空だった。
大阪の定宿、大阪駅前のHホテルをチェックアウトしたのは、午前10時前。
今日11時にお伺い予定の横田さんの自宅は兵庫県芦屋にあり、タクシーを使えばここから30分ちょっとで到着できる。
少し時間があるので、タケさんと私は、地下街に向かった。
通勤ラッシュも終わり、地下街を歩く人の数はまばらだ。
半分くらいのお店はまだ開店しておらず、シャッターが目立つ地下街を、私とタケさんは、黙々と歩く。
ちょっと寂れた雰囲気が続いた後、突然、煌々と照明を放つ店舗が現れた。
「チケットショップ大国」
金券ショップ。タケさんは無類の金券ショップ好きで、大阪出張の際は必ずココを訪れる。
タケさんは、ショーケースの中のチケット類をジロジロ眺めている。
わたしは、壁一面に張り出された価格表を軽く一瞥したのち、カウンター越しの店員さんに、新大阪-東京のグリーン車指定席券2枚を注文した。
商談終了後、帰京するためのキップである。
「あ、ちょっとまって。これも追加ね。」
タケさんが指差していたのは、全国チェーンのファミレスの5,000円お食事券だった。
わたしは、タケさんにお食事券が必要な理由を聞くこともなく、店員さんに、
「すいません、まとめて領収書おねがいします。宛名は【ナショナル・ゴールド株式会社】で」
と伝えた。
タケさんとわたしは地下街から階段を上り、地上に出た。
新御堂筋を走る流しのタクシーをつかまえて、芦屋の横田さん宅へ向かう。
あいかわらず、空はどんよりと曇っているが、車内はエアコンが効いて快適。
タケさんは、ノートパソコンを開き、ブログ用の記事を無心で打っている。横にわたしがいることは、おそらく、まったく意識されていない。
わたしは終始、手持ち無沙汰状態のまま、横田さん宅に到着した。
大阪の定宿、大阪駅前のHホテルをチェックアウトしたのは、午前10時前。
今日11時にお伺い予定の横田さんの自宅は兵庫県芦屋にあり、タクシーを使えばここから30分ちょっとで到着できる。
少し時間があるので、タケさんと私は、地下街に向かった。
通勤ラッシュも終わり、地下街を歩く人の数はまばらだ。
半分くらいのお店はまだ開店しておらず、シャッターが目立つ地下街を、私とタケさんは、黙々と歩く。
ちょっと寂れた雰囲気が続いた後、突然、煌々と照明を放つ店舗が現れた。
「チケットショップ大国」
金券ショップ。タケさんは無類の金券ショップ好きで、大阪出張の際は必ずココを訪れる。
タケさんは、ショーケースの中のチケット類をジロジロ眺めている。
わたしは、壁一面に張り出された価格表を軽く一瞥したのち、カウンター越しの店員さんに、新大阪-東京のグリーン車指定席券2枚を注文した。
商談終了後、帰京するためのキップである。
「あ、ちょっとまって。これも追加ね。」
タケさんが指差していたのは、全国チェーンのファミレスの5,000円お食事券だった。
わたしは、タケさんにお食事券が必要な理由を聞くこともなく、店員さんに、
「すいません、まとめて領収書おねがいします。宛名は【ナショナル・ゴールド株式会社】で」
と伝えた。
タケさんとわたしは地下街から階段を上り、地上に出た。
新御堂筋を走る流しのタクシーをつかまえて、芦屋の横田さん宅へ向かう。
あいかわらず、空はどんよりと曇っているが、車内はエアコンが効いて快適。
タケさんは、ノートパソコンを開き、ブログ用の記事を無心で打っている。横にわたしがいることは、おそらく、まったく意識されていない。
わたしは終始、手持ち無沙汰状態のまま、横田さん宅に到着した。
新家 和へ返信
- 新家 和
-
トピック作成者
4 年 9 ヶ月 前 #4452
: 新家 和
今日のスケジュールを確かめる余裕もなかった。
スイートルームの中は、いつものように最適な温度と湿度。タケさんは、ソファーに座り、今朝の日本経済新聞をぼんやり読んでいる。
私は、ルームサービスで頼んだ食事を狭いテーブルに並べ朝食の準備をしている。味にうるさいタケさんは、引き立ての出汁を使った味噌汁を、毎日飲みたいとわがままをいうので、かなり面倒だ。そのあと、催促してシャワーを浴びてもらう。その間に今日着るものを用意し、乱れたベットを整える。
朝食が終われば、食器を片付け、剛之の身支度、今日訪問するお客様との商談書類のチェックを始める。パソコンもスマートフォンも、どちらも旧型で動きが遅いから、なかなかちゃんと働かない。それらが終わると、今度は自分の身支度の準備だ。
忙しい。とにもかくにも、やることが多い。秘書って、どうしてこんなに忙しいのだろう。私は東山剛之の秘書、根岸理華。それほど実務能力が高いわけではないから、仕方がないか。
とはいえ、何か楽しみを見つけなくては。このままでは、忙しさから逃避するために、いつか、タケさんをシャットダウンしてしまいそうだ。
タケさんの奥さんがちょっとだけ羨ましい。ねぎらいの言葉のひとつもなければ、秘書の地位を放り出すこともできるし、決心すれば、退社することもできる。しかし、私には、それが許されていない。こんな境遇の中で、こころの平静を保ち続けるためには、何か楽しみを見つける必要がある。
スイートルームの中は、いつものように最適な温度と湿度。タケさんは、ソファーに座り、今朝の日本経済新聞をぼんやり読んでいる。
私は、ルームサービスで頼んだ食事を狭いテーブルに並べ朝食の準備をしている。味にうるさいタケさんは、引き立ての出汁を使った味噌汁を、毎日飲みたいとわがままをいうので、かなり面倒だ。そのあと、催促してシャワーを浴びてもらう。その間に今日着るものを用意し、乱れたベットを整える。
朝食が終われば、食器を片付け、剛之の身支度、今日訪問するお客様との商談書類のチェックを始める。パソコンもスマートフォンも、どちらも旧型で動きが遅いから、なかなかちゃんと働かない。それらが終わると、今度は自分の身支度の準備だ。
忙しい。とにもかくにも、やることが多い。秘書って、どうしてこんなに忙しいのだろう。私は東山剛之の秘書、根岸理華。それほど実務能力が高いわけではないから、仕方がないか。
とはいえ、何か楽しみを見つけなくては。このままでは、忙しさから逃避するために、いつか、タケさんをシャットダウンしてしまいそうだ。
タケさんの奥さんがちょっとだけ羨ましい。ねぎらいの言葉のひとつもなければ、秘書の地位を放り出すこともできるし、決心すれば、退社することもできる。しかし、私には、それが許されていない。こんな境遇の中で、こころの平静を保ち続けるためには、何か楽しみを見つける必要がある。
新家 和へ返信
ページ作成時間: 0.055 秒