空想小説Vol.1(実在の人物とは関係ありません)

  • 新家 和
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4 年 3 ヶ月 前 #4517 : 新家 和
野村親子が来所してから3週間後、野村倫子が再びナショナル・ゴールドを訪れた。
前回は父親同伴だったが、今回は彼氏と思われる若い男性と一緒だ。
応接ルームで談笑しているタケさんの声は、相変わらず弾んでいる。
「僕と彼女は横浜の大学で同じサークルに入っていました。横須賀の飲食店でバイトしてたのでアメリカに興味があって、将来、留学したいなと思っています。」
「彼女から、東山さんはアメリカの資産家相手にビジネスをしていると聞きました。ぜひお話をお伺いしたいです。」
彼氏はアメリカ国内の様子や稀少金貨ビジネスのことをタケさんに色々尋ねていた。
タケさんも、若者が自分を慕ってくれていると思ったのか、
「人を信用することがまず第一。これが出来なければ何も進まない」
「お客様に信用してもらうために、べらぼうな価格で販売することはしない。お客様の利益が大事」
「今の政治家や官僚、公務員には公僕の自覚も責任感もない」
等々、経営セミナーじみた話をしている。
今時こんな話しても若い人には響かないよねえ、などとスタッフの平田青葉や石井さんとヒソヒソ話をしていたが、彼氏の方はタケさんにかなり心酔していたようだ。
事実、数日後に彼氏から稀少金貨購入申し込みのメールが届いていたのである。

一方、倫子は継続的にタケさんとメールのやり取りをしていた。
なぜ、やり取りをしていたことが分かったのか?
通常、お客様との打ち合わせに関するメールについては情報共有のため私のメールアドレス宛にccで送信されるのだが、タケさんが倫子への返信メールも誤って私に送信したのだ。

野村倫子様
メール拝見致しました。
倫子さんご自身が淡々と自分の勉強を進め、知識を深め、そして自分の資産を守り、自分の人生を守る準備をしておくことなのです。
いざとなったら、全てが崩壊します。
何をしても意味を成さないのです。
ならば、ご自分だけでもその日の為に準備をしておくのです。
ご実家の資産は守れないかも知れませんが、少なくとも、どのように動けばよいか事前に
シュミレーションをしているわけですから、混乱には巻き込まれないように対応できます。
命は守れます。

資産家になる最も簡単な方法は、本当の資産家と付き合うことなのです。
この付き合うというのは、生活態度・考え・知識を普通の付き合いを通じて感覚的に得ることなのです。
資産家は、皆、独特の感性を持っています。そして、皆、基本があります。
無駄な時間を過ごさないという基本です。
いつも勉強し、研究しています。
だからこそ、資産家になり、資産家を維持できているのです。
お金持ちは一過性のものであり、勉強もせず、いたずらに時間を無駄に過ごしています。

倫子さんが成長するには、この資産家を横において、色々なことを吸収することなのです。
そうすれば、プライベートバンカーに何が求められているか、お分かりになられると思います。
私が今あるのは、まさに、資産家の方の引きがあったからです。
わがままでどうしようもない幼児性を持っている資産家が多いですが、それを分かれば

これほど面白い”生き物”はありません。
お昼を食べに、ニューヨークからパリまでファーストクラスで行くことを平気で行うのです。
『お昼食べにいくからパスポート用意して』と言われて、気がつけばJFK空港。
そして、機内へ。
唖然という他ありませんが、このような遊びをするのも資産家なのです。
でも、普段は物凄いしまりやでもあるのです。
この”生き物”は煮ても焼いても食えない、というまで分かれば、本当の意味でのプライベートバンカーになったことになります。
頑張ってください!


このメールを読んだ私は、これから何かが大きく変わる予感がした。
  • 新家 和
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4 年 3 ヶ月 前 #4508 : 新家 和
大阪出張から1週間後、ナショナル・ゴールドのオフィス。

応接ルームでは、タケさん、埼玉の野村さんと娘さんの三人が談笑している。
応接ルームといっても、オフィスの一画を簡単なパーテーションで仕切っているだけなので、会話の内容は耳に入ってくる。

「私も仕事柄、日本経済や世界情勢のニュースには注意を払っているのですが、娘は心配性というか、私以上に国の財政問題や金融危機の話題に敏感で、今回も娘がインターネットでナショナル・ゴールドさんのサイトを見つけて、話を聞きに行こうと無理やり誘われましてね。」
そう話す野村さんだが、口調は弾んでいて、娘から誘われてまんざらでもない感じだ。
白いワンピース姿の娘さんは、二十代半ばのお嬢様風情で、自ら進んでココに来た割にはあまり喋らない。
「若い頃から国内や世界の動きに興味を持って自ら行動するのは、中々出来ることではありません。お父様の素晴らしい教育の成果だと思いますよ。」
タケさんも上機嫌で野村親子を持ち上げている。若い女性がわざわざ自分に会いに来てくれたのがよほど嬉しかったのか!?

1時間あまり話が続いた後、稀少金貨を数点購入する方向で商談が成立したようだ。
野村親子をお見送りするため、私も玄関に向かう。
帰り際、娘さんは、
「東山さんと直接お話できて良かったです。金貨や経済のこと、また色々教えてください」
と言って礼をした。

応接ルームのテーブルに名刺が2枚置いてあった。
1枚はお父さんのもので大手証券会社の営業部長という肩書きだ。。
もう1枚は娘さんの名刺だろう。同じ証券会社の支店名と「野村倫子」という名前が記されていた。
  • 新家 和
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4 年 4 ヶ月 前 #4502 : 新家 和
18時、わたしとタケさんは品川駅に到着したのぞみ号を降り、高輪口に向かっていた。
わたしが勤めるナショナル・ゴールド株式会社は、品川駅から徒歩で約10分、高輪警察署近くのオフィスビルの2階にある。
タケさんが、近くに警察があれば何かと安心だ、という理由で決めたらしい。
「俺、そのまま帰るから、あとよろしくね。」
タケさんはそう言って、京浜急行の改札口に消えていった。また新橋のサウナにでも行くのだろう。
わたしは重い旅行鞄を抱えながら一人で会社へ歩いていった。

ようやく会社に到着。時刻は18時20分。
会社の終業時間は18時だが、オフィスの明かりはまだ灯いていた。
「おかえりなさい」
スタッフの平田青葉と石井さんが声を掛けた。
二人ともデスクで仕事をしている風ではあるが、実際はおしゃべりに興じていたのであろう。
わたしは、鞄から横田さんから受け取ったハイリリーフコインを取り出し、青葉に渡した。
「横田様からの下取り。明日でいいから1,320万円で売りに出して」
「オッケー!」
青葉は販売商品や顧客の管理が主な仕事だ。石井さんは経理担当。
青葉は私の高校時代の同級生。この会社に入ったのは私が先で、人手が足りなくなってきたので専業主婦だった彼女を私が誘ったのだ。
もっとも、OL未経験だったこともあり、お世辞にも仕事ができるとは言えない。
この前も、顧客向け一斉メールを誤ってBCCでなくCC送ってしまい、大騒動になった。
タケさんの堪忍袋の緒が切れてクビにされるのではないかと、いつもヒヤヒヤしている。

「じゃそろそろ帰るね、お疲れ様」
身支度を済ませた青葉と石井さんは、わたしに挨拶して帰っていった。
一人になったわたしは、これから書類整理で残業だ。
PCを起動してメールをチェックすると、1件、新規購入申込みが入っていた。
メンドくさいけど今のうち顧客管理データベースに入力しておくかな。
「埼玉県の野村さん・・・と。」
  • 新家 和
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4 年 4 ヶ月 前 #4476 : 新家 和
午後1時30分過ぎ。
わたしとタケさんはJR芦屋駅近くのファミリーレストランで遅めの昼食を取っていた。
横田さんは近所に美味しい中華のお店があるから一緒にランチでもと誘ってくれたのだが、タケさんが夕方までに帰京しないといけないので、と辞退し、代わりにマイカーで駅まで送ってくれたのである。

わたしはタケさんに、
「どうして$2.5を予定の1,500万円でなく1,350万円で売っちゃったんですか?」
と尋ねた。
既に食べ終えてスマホを弄っていたタケさんは、画面を見ながら
「一昨日、横田さんとメールでやり取りしてたんだけど、最近あの人、カタールのドーハで不動産関係のビジネスをやってるそうなんだ。」
「あそこは富裕層が多いし日本人のビジネスマンも駐在しているらしい。横田さんに恩を売っておけば、今後ドーハでビジネス展開する時に役に立つんじゃないかと思ってね。」
と、独り言のように答えた。
本人的には「損して得取れ」的な算段の様だが、長年秘書をやっている私の感覚からすると、残念ながら、このようなタケさんのヨミの成功率は半分にも満たないだろう。
果たして、今回の判断は吉とでるか凶とでるか。

私は続けて、
「横田さんから下取りしたハイリリーフは販売に回します?」
と聞いた。
タケさんはスマホ弄りをストップし、暫く考えたあと、
「下取り価格に10%プラスで売りに出して」
と指示した。
わたしは、スマホのメモアプリを開き、「横田様1200+10% 青葉に指示」と入力した。

「18時東京着なら、そろそろ出ないと」
わたしは、相変わらずスマホを弄っているタケさんに身支度を促したあとレジに向かい、朝、金券ショップで購入したお食事券で会計を済ませた。

店を出て、駅に向かう大通りを二人並んで歩く。
ラーメン屋の前で店員さんがチラシを配っている。
タケさんは店員さんにスッと近づき、笑顔でチラシを受け取った。
歩きながらチラシを暫し眺めたあと、「100円OFF」「トッピング無料」と書かれたミシン目のところを素早く切り取り、財布の中に仕舞い込んだ。
次回、横田さんのところにお邪魔する時は、このラーメン屋に行くつもりなのだろうか?
  • 新家 和
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4 年 5 ヶ月 前 #4459 : 新家 和
六甲の山の麓にある横田さんの自宅は、少し古さを感じさせる洋館だが、傾斜地で大阪湾を望む眺望は、さすが芦屋という印象。

タケさんと私は横田さんの奥様に応接間へ案内された。程なくして紙袋を持った横田透さんが部屋に入ってきた。
タケさんとわたしはソファーから立ち上がって一礼した。
「ご無沙汰しております。お元気そうでなによりです」
タケさんは挨拶したのち、、
「お口に合うと嬉しいのですが、奥様と召し上がってください」
と言って、わたしが前日東京で購入した大川軒のレーズンウィッチが入った紙袋を横田さんに渡した。
「いつもウチまでご足労頂いた上にお土産まで頂いて、ほんま、すいませんな」
「東山さんも根岸さんも変わらずお元気そうでなによりです」
横田さんは64歳だがハリのある若々しい声だ。

横田さんの職業は開業医で、30年近く市内でクリニックを経営している。
ここ数年は跡を継いだ息子さんが診療に当たっていて、息子さんが学会等で出張のときだけ出勤しているらしい。

タケさんと横田さんは日本や関西の経済状況について色々雑談している。今朝読んだ日経新聞の記事も話のネタにしているようだ。
そういう話に興味の無い私にとってはヒマ。とにかくヒマだ。

二人の意見交換が30分程続いた後、ようやく本題に入った。
横田さんは紙袋からジュエリーケース風の黒く小さな箱を取り出した。
箱を開けると、一枚の金貨が鎮座している。
1907年 $20 St.Gaudens HighRelief金貨 MS66
金貨は透明な硬質のケースに封入されており、手書きで「980万円」と書かれた小さいシールが貼られている。

横井さんは金貨を眺めながら、
「最初はたかがコイン1枚がなんで1,000万円近くするんや?と訝しんだけど、2年間で1200万円に値上がりしたんやから、ヨメさんにも怒られずに済みそうやわ」
と上機嫌な様子だ。
タケさんは頷いて
「1年間で10%ですから、投資としては大した成績ではありません。しかし、株式のように値段が下がることはありませんから資産保全としては申し分ないと思います」
とやや自画自賛気味に応えた。

そして、タケさんも自分の鞄から金貨を一枚取り出し、テーブルに置いた。
1886年 $2.5 PF65 UltraCameo
横井さんの金貨よりも一回り、いや二回りは小さい。
しかし、表面は鏡のように反射していて、横井さんの金貨より明らかに高級感がある。

「この度は$2.5プルーフ金貨をご購入頂きましてありがとうございました。別のお客様から買取させて頂いたもので、お世話になっている横田様に真っ先にご紹介させて頂きました。」
「今後とも弊社をご愛顧頂きたいとの思いで、価格も買い取りした価格1,350万円そのままでお譲りしたいと思います」
タケさんからは1,500万円で販売すると事前に聞いていたわたしは、タケさんの言葉に耳を疑った。
わざわざ東京から一泊二日で出張して、並んで購入した大川軒のレーズンウィッチをお土産を差し上げて、儲けは無し?
しかし、わたしが動揺している間に、横井さんとの商談は成立してしまった。
  • 新家 和
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4 年 5 ヶ月 前 #4456 : 新家 和
その日は、どんよりとした曇り空だった。

大阪の定宿、大阪駅前のHホテルをチェックアウトしたのは、午前10時前。
今日11時にお伺い予定の横田さんの自宅は兵庫県芦屋にあり、タクシーを使えばここから30分ちょっとで到着できる。

少し時間があるので、タケさんと私は、地下街に向かった。

通勤ラッシュも終わり、地下街を歩く人の数はまばらだ。
半分くらいのお店はまだ開店しておらず、シャッターが目立つ地下街を、私とタケさんは、黙々と歩く。

ちょっと寂れた雰囲気が続いた後、突然、煌々と照明を放つ店舗が現れた。
「チケットショップ大国」
金券ショップ。タケさんは無類の金券ショップ好きで、大阪出張の際は必ずココを訪れる。

タケさんは、ショーケースの中のチケット類をジロジロ眺めている。
わたしは、壁一面に張り出された価格表を軽く一瞥したのち、カウンター越しの店員さんに、新大阪-東京のグリーン車指定席券2枚を注文した。
商談終了後、帰京するためのキップである。

「あ、ちょっとまって。これも追加ね。」
タケさんが指差していたのは、全国チェーンのファミレスの5,000円お食事券だった。

わたしは、タケさんにお食事券が必要な理由を聞くこともなく、店員さんに、
「すいません、まとめて領収書おねがいします。宛名は【ナショナル・ゴールド株式会社】で」
と伝えた。



タケさんとわたしは地下街から階段を上り、地上に出た。
新御堂筋を走る流しのタクシーをつかまえて、芦屋の横田さん宅へ向かう。

あいかわらず、空はどんよりと曇っているが、車内はエアコンが効いて快適。
タケさんは、ノートパソコンを開き、ブログ用の記事を無心で打っている。横にわたしがいることは、おそらく、まったく意識されていない。
わたしは終始、手持ち無沙汰状態のまま、横田さん宅に到着した。
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